魂のパートナーシップ

生きるということ

今回は、立川ルリ子が「生きること」について以前書いたブログを抜粋します。

あくまでこちらは、立川ルリ子の想いを連ねたものでしかありません。

また、「死」についてズバリと表現している文章もあるので、「死」について過敏な状態にある方や、何が正しいかを求める方には向かない記事といえますので、読まずにいてくださればと思います。

(こちらは2019年1月にブログにて公開されたものです)

立川ルリ子の「生きること」への想い

もし、自分の命があと、1年だったら?
半年だったら?
明日死ぬとしたら?
 
これは、わたし自身が闘病して生死の間をさまよったころから、ずっと毎日、頭の隅にあることです。
 
暗い話題?
考えたくもない?
まだ、そんな年齢じゃないから現実的ではない?
 
私はそうは思いません。

現実、年間130万人の人が亡くなっています。
癌で亡くなる人がトップで、自殺する人は2位に入ってきます。

災害のことを思うと、死はもっと身近なことなんだと思います。
 
自身で白血病の闘病をし、死と向き合ったこと。

身近な人たちの闘病と死を体験したこと。

現在闘病中のクライアントさんや、そのご家族の方の闘病。

大切な人の突然の死、自ら命を絶った愛する人。

これまで私は、さまざまな形で死を体験してきました。
 
私は、明日が当たり前にあるとは思っていません。

当然ですが、死は誰にでも平等に訪れるものです。
だからといって、わざわざ意識して暮らす必要もありません。

賛否はあるかもしれませんが、長くても短くても、どんな人でも、無駄な生き方なんてないんだと思います。

私は長生きしておめでとう、早くて残念…とは言い切れないと思っています。
 
だからこそ、今日、今、この瞬間の自分がどんな意識でいるのか?
これは、とても大切だと思っています。

意識とは「何に価値を置いているか」ということです。
 
それは、後悔のない人生にしたいから。
 
これまで、人から「私だったら立ち直れない」と言われるような体験を、たくさんしてきました。
 
苦労話を自慢したいわけでもないですし、私が特別強いという話をしたいわけでもありません。

もっと苦しんでいる人はたくさんいるし、私は強いわけでもありませんから。

そもそも、自分の体験の中でいちばん辛いと思うことに、大きいも小さいもありません。
 
ただ、「自分だったら想像しただけで無理。どうやって立ち直るの?」聞かれたときにいつも答えるのは

「それでも、私は今、生きている」ということを思う…ということです。
 
生きている。
 
生きていることが素晴らしいとか感謝とか、
そういうことを言いたいのではありません。
 
ただ、自分がこの瞬間、この地球で…日本で…今ここに生きているという事実。ここに、肉体を持って私は存在しているという事実。
 
ただ、この事実だけを、何かの意味を持たせることなく五感で ただ、感じる。

そうしているうちに、ハートの表面は悲しかったり辛かったりするのですが、ハートの奥から、ジワリと想いが滲むように湧いてくるのです。

それは、いつも愛なんです。

不思議な感覚で、ネガティブな感情の奥に
確かに滲み出てくる愛を感じます。

その愛を逃さないように捕まえて、感じることに集中し、大きくしていきます。

そうするとその愛は、いつのまにか、大きな感謝に変わるのです。

私は、後悔のないようにこの瞬間を生きたい…そういう想いが溢れてきて、この瞬間が愛おしく感じられます。

ネガティブな感情を無かったことにしたり、蓋をしたり、正当化したりもしません。

ただ、ネガティブを静かに観察しながら五感で感じていると、必ずその奥に滲む愛が見つかります。

深いネガティブは愛を見つけるまでに時間がかかります。
ひとりでは観察出来ないくらい心乱される時もあるでしょう。

そういう時は素直に、「助けて」と周りに言って助けてもらいながら向き合うこと。

いつか、ハートの奥に愛が必ず見つかります。

これは、私の感覚なので誰しもがそうする必要はありません。

けれどどうしても、苦しみから抜けられないなら試してみてください。

「人生の大半は暇つぶし」と言う言葉をネットで見かけたことがあります。

もし、私が
 「自分にいかに力があるか」を見せつけるための仕事や「欲望を満たす」ために消費するだけの生活やその消費のために働くこと、
 
さらに「自分の方が優れている」と感じるために誰かを蔑んでいることや、「自分は劣っている」と誰かと比べていること。
 
「自分の憐憫を慰めてくれるだけ」の友人を求めたり「自分に利がある間だけ」の友人と過ごしていたり「将来の不安や恐れから逃れ、安心を得るためのパートナー」を選んでいるとしたら…。
 
そして、それらを「幸せ」とするなら…。
 
私に取って、その人生は暇つぶし以外の何物でもないと思います。

この地球にやりに来たことが、それらではないから。
 
これらはあくまでも、今の私は…です。

これは個人的な価値観であり、すべての人がそうではないでしょう。

私は「それらの楽しさ」も知っています。

達成感があったり欲が満たされたりして、刺激的だしドーパミンがドバドバ溢れて高揚する楽しさ。

もしくは、慰められることで癒されたり、自分は正しい、と怒りをあらわにすることで常にポジティブでいられるかもしれません。

だけど、それでは結局「満たされない」のです。次から次へと欲しくなってしまうから。

もう、この無限ループを生きるのは十分に生きてきましたし、楽しんできました。

私の幸せは「心の豊かさ」です。

それは、誰かにもらえるものではなく、また、素晴らしい環境があれば手に入るものでもなくて「心の成長」によってしか、もたらされません。

闘病している時はある意味、成長しすぎて感情がどんどん気薄になり、「無」に近い感じで、人間味が無くなってた感覚がありました。

そのかわり、完璧に満たされた至福の状態でもありました。

肉体を手放すということでこの至福に戻っていくのなら、怖くないとさえ思うほどの至福です。

退院してからまた、人間として色々なことを体験していくことで、自分の波動域を下から順番にたどりながら、感情を存分に感じながら、あの完璧な至福にたどり着くまで丁寧に体験している気がします。

その度に、心が成長するのを感じながら。豊かさの質が変わるのを味わいながら。

今の私の魂が最も求めているのは、本当の豊かさに向かうプロセスを丁寧に体験したいのじゃないかな?と思うのです。

生きることは体験すること。

そして、その体験から得る心の成長が、人生を豊かにしていきます。

肉体がある今だけが唯一、「個」という体験を感じられる瞬間です。

その瞬間を大切に、大切に体験したいのだと思います。

そうすると、全ては愛でしかないのだとまた、感謝になります。

どんな時も常にベストでしかない私に。

この記事の内容は、立川ルリ子ブログの掲載内容を加筆・編集したものです。

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小嶋 由希子

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女性向け記事ライター。本サイトでは、立川ルリ子の書籍・ブログから、恋愛に特化した記事を作成しています。
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